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私たちのこと

マイアーノの歴史

ファットリア・ディ・マイアーノとは、悠久のときを刻む自然が人々と巡り会う場所。  フィレンツェの中心部からわずか数キロのところにあるフィエーゾレの丘、その静寂のなかに身をおき、旅の疲れを癒し、世界で最も美しいといわれるフィレンツェの街並みを眺める。  緑の木々に覆われた丘の緩やかな斜面を進むと目の前に現れる巨大な砂岩壁は、文字通りフィレンツェの街の礎となった場所。他ならぬこのマイアーノ採石場からミケランジェロやレオナルド・ダ・ビンチら巨匠たちが優れた砂岩を得て、現代に見るフィレンツェの建物の基礎を造ったのです。  今日、ファットリア・ディ・マイアーノは、丁寧に施された森林の手入れと建築物の改装によって、自然の美しさをそのまま保つ快適な空間へと皆様をお迎えします。  たわわに実る果実、淡い緑が印象的なオリーブの木々、ゆるやかな時を過ごす動物たちが待つ私たちの農園___ファットリア・ディ・マイアーノで、トスカーナの美が凝縮された空間をお楽しみください。

中世とルネッサンス

ファットリア・ディ・マイアーノの道を歩くこと。それは華麗なるフィレンツェの街並みを形にしたメディチ家の起源に触れる旅。  ミケランジェロやボッカッチョ、ベネデットとジュリアーノ・デ・マイアーノ兄弟、そしてレオナルド・ダ・ビンチ。チェチェリ山の斜面にあるマイアーノの小さな村(Il Borgo di Maiano)は、他ならぬその山の頂で1506年にダ・ビンチが初の飛行実験を行なっている事実からもわかるように、中世とルネッサンス期を生きた偉大な彫刻家や画家、建築家など、多くの芸術家たちにインスピレーションを与えた場所です。  農園の中心にある〝石柱の池(Il Laghetto delle Colonne)〟の名は、サン・ロレンツォ大聖堂の君主礼拝堂に由来。メディチ家の君主(ロレンツォ・イル・マニーフィコ)の命により、他ならぬこの池の横にそびえる採石場から切り出された砂岩によって君主礼拝堂の柱が建造されているのです。  かの有名な〝ミケランジェロの階段(ラウレンツィアーナ図書館=La Biblioteca Medicea Laurenziana)〟の建材も、ここマイアーノの砂岩。  フィレンツェの街とマイアーノの一帯は、今日も深い絆で結ばれています。

ジョン・テンプル・リーダー男爵が残した遺産

ファットリア・ディ・マイアーノの現在の姿は、ジョン・テンプル・リーダー男爵が成し得た偉大なる功績を今に伝えています。英国人実業家の息子で文化人類学者であった彼は、1844年にマイアーノの村と邸宅のほか、採石場やその他の居住地なども購入しました。以来、多くの時と私財を投じて一帯を修復。こうして今に残されているのが、1893年の完成式典に英国のビクトリア女王が御列席されたクイーンズ・ロマンチック・パークであり、亡き妻マリア・ルイザ・デ・レオーニに男爵が捧げた橋が架かる石柱の池。それはまさにイタリアの地に咲く英国美の結晶と言えるのでしょう。  他にも、偉大な彫刻家たちが残した足跡をたどるマイアーノの旅では、植物園の散策やティー・ハウスで楽しむ午後の紅茶、フィレンツェの街を一望するパノラマなどを楽しみながら、オークの木陰でトスカーナ杉のベンチに腰掛け、静かな時を過ごすことができます。

1900年代から今日へ

ジョン・テンプル・リーダー男爵がマイアーノの地に捧げた深い愛と情熱は、彼の没後、高名な外科医テオドロ・ストーリとその妻、フィレンツェの貴族コルシーニ家の令嬢エリザベッタ・コルシーニによって受け継がれました。彼らはさらなる植林と農業の拡充に力を注ぎ、妻エリザベッタの姪ルクレツィア・コルシーニは、夫ジャコモ・ミアリ・フルチス伯爵(ヴェネツィアの貴族フルチス家の始祖にして農業近代化の先駆者的存在)とともにマイアーノの農場を大きく発展させることに寄与。  今日、ファットリア・ディ・マイアーノには20,000本を超えるオリーブの木が根を張り、最上級のエクストラバージン・オリーブオイルである「ラウデミオ(Laudemio)」を生み出しています。  オーガニック農法と野生環境での放牧、レストランおよびホテル/アグリツーリズムの営みによって、トスカーナの魅力を余すことなく訪れる人々へ伝える。  ルネサンス期そのままに残る風景、その地に広がるオリーブ畑と今日的な機能美のなかで過ごす快適な時を楽しむために、ぜひともここフィエーゾレの丘へお越しください。

新しい世代

ルネサンス期そのままに残る風景、その地に広がるオリーブ畑とフランチェスコ・ミアリ・フルチス(ジャコモの長男)とその息子たちによって運営される現代的な機能美のなかで過ごす快適な時を楽しむために、ぜひともここフィエーゾレの丘へお越しください。

フランチェスコ・ミアリ・フルシスと妻のニコレッタ、4人の子供たち(左からトマーゾ、アンナ、カテリーナ、マッテオ)

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